「京湯葉」の話 湯葉の歴史は古く、中国から禅僧の手によって豆腐と一緒に伝えられたといわれています。 伝来した当初の湯葉は、大豆食品ということで主に禅宗のお寺で貴重な蛋白源として、精進料理の材料として使われていました。その後一般的な食材として親しまれるようになり、特に京都では精進料理や懐石料理に欠かせない食材となり、京都の食文化を支えてきました。湯葉の名前の由来については面白い話しが伝わっています。ひとつは湯葉の色が、老婆の肌の表面のシワに見えることから、「姥(うば)」と呼んでいたものが「ゆば」に変化したものとする説。もうひとつは豆乳を温めることで出来る膜(上面)を汲み上げることから、「上(うは)」と呼ばれ「上(うは)」が変化して「うば」となり「ゆば」になったという説です。いずれにしても正確なところは分かっていません。 現在では、全国的に馴染み深いのは、ぱりぱりに乾燥させた干湯葉、これは本来の湯葉をよく乾かしたものです。もうひとつは、引きあげて水気を切っただけの状態である「生湯葉」 とか 「汲み上げ湯葉」 とか呼ばれるもので、京料理では後者のものが多く使われ、通の目と舌を存分に楽しませてくれています。 江戸時代の作家として有名な滝沢馬琴の「羇旅漫録(きりょまんろく)」に、京都を訪れて感じたことを「京にて味よきもの、麩、湯葉など、水菜、うどん」と記しています。このように古くから各地に名を馳せた京湯葉は、現在までに多くの食通や名士に好まれ、食されてきました。ノーベル賞作家の川端康成氏も京湯葉をこよなく愛したひとりで、この地を訪れた際には必ずといっていいほど食べたといわれています。また湯葉は豆腐と同じで、水の清らかな場所でしか名物となるほどのものが生まれないようで、山紫水名の京都ならではの食品でもあります。