「京割烹 哲酔(てっすい)」
店主、山岡氏の今に至る道は聊か稀有である。 勉学を志して京都の大学の門をくぐった。 折から大学には紛争の嵐が吹きすさんでいた。 山岡は自らもその嵐の中に身を投じ、心身を運動に捧げる。 運動に突き進む中、これで良いのか、いつの間にか悩みの迷路に入っていた。 そして大学を飛び出した。 気が付けば或る老舗料亭の門をたたいていた。 中卒と偽って板場見習いの仕事を得た。 そう言わなければ雇ってもらえないと思ったからだ。 一心不乱に働いた。 それから二十数余年、板長として板場を任されていた。 そんな或る日ふと思った。 この高価な京料理を、多くの人に安く食してもらえないだろうか。 一大発心をして自らの店を持った。 「哲酔」という名の自らの店にその思いを込めた。 思いに賛同し、かつての大学の仲間たちが、こぞって尽力してくれた。 開店して十数年、その思いを山岡氏は今も大切にしている。 山岡氏は書家であり料理人でもあった北大路魯山人を標榜する。 だから魯山人と同じく、料理に対しては一切の妥協をしない。 それは「魯山人風料理」と名された料理に凝縮される。 採算を度外視するため、女将である奥方からクレームが出る。 しかしこれが俺の生き方だと、料理を作る山岡氏の背中が語っている。