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三方を山に囲まれた京都には、その山ふところに包まれて多くの山里が点在している。
雅を誇った都の周辺にあって、時として貴人の幽閉の地となり、また政権を退いた為政者が都の喧騒を離れ暮らした地として、京都の歴史の輪郭を色濃く留めている。
「京の山里を行く」は、そんな歴史の原風景を訪ねると共に、里々に伝わる特産物をあわせて
紹介するシリーズである。
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第6回 「芹生(せりょう)の里」
桓武天皇の御代に都が京都に遷されて以来、皇城鎮護の神、鬼門の守り神、総地主の神として崇められ、今日も建築関係等の方除祈願で有名な上賀茂神社のほとりの道を、賀茂川に沿って行くと鞍馬に至る街道に出会う。通称、鞍馬街道である。道を更に北に進むと鞍馬集落の手前で街道は分岐する。道なりに進むと鞍馬に至るが左に道をとる。左京区貴船と右京区京北上黒田を結ぶ、京都府道361号線上黒田貴船線である。貴船川に沿ったこの道を進んで行くと、やがて料理旅館が立ち並ぶ貴船に至る。夏には貴船川のせせらぎを聞きながら、川魚料理等が楽しめる川床が有名である。貴船神社の奥の院を過ぎると、道幅は極端に狭くなり山道の感を呈してくる。
道をさらに先に進むと、険しく蛇行を繰り返しながら車一台がようやく通れる急斜面に差し掛かる。樹齢500年もあろうかという直立した杉林を抜けると芹生峠に出会う。更に進むと急にあたりが開けて萱葺き屋根の民家がちらほらと見えてくる。標高700メートルに位置する京北芹生町である。この里はあまりに雪深いため、冬は無人の里となる。夏でも3軒ほどが住まいしているだけであるが、こんな小さな里にも平成10年まで学校があった。今は跡地に創設者と思われる人の胸像がひっそりと佇んでいる。その奥に小さな祠がある。勢竜天満宮である。歌舞伎や人形浄瑠璃の演目として有名な「菅原伝授手習鑑」に登場する寺子屋の跡とされる。菅原道真(すがわらみちざね)の配流とゆかりの人達の悲劇を主に描かれたこの物語は、「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」とともに、日本の三大名作と呼ばれる戯曲のひとつである。物語のあらすじは平安時代、代々学者の家系に生まれた菅丞相(菅原道真)は、学問に優れ醍醐天皇の時に右大臣に抜擢されるが、異例の出世が藤原氏や学閥の反感を買い、藤原時平の策略によって大宰府に流罪となる。それを巡って菅家に仕える家柄に生まれた三つ子の兄弟、梅王丸、松王丸、桜丸が活躍し、それぞれが数奇な運命をたどりつつ、その功もあって、やがて時を経て菅公が天神として祀られるまでの物語である。物語に登場する芹生は、洛北大原にも同じ地名の里があり、そこが正しいという説がある。また物語そのものがフィクションともいわれているが、真実はともかくとして、寺子屋跡である勢竜天満宮の前の灰屋川には、「寺子屋橋」と呼ばれる小さな橋がかかっている。
今もって草深い当地に立つと史実はともあれ、今にも劇中の人物が現れそうな不思議な感覚を覚える。芹生で道は分岐しているが、道なりにたどると右京区京北黒田に至りが、そこには京北の名刹常勝皇寺がある。ここは桜の名所として有名で、八重と一重の花が同じ木に咲く「御車返しの桜」や、天然記念物で樹齢500年を数える「九重桜の古木」があり、季節ともなると遠くは関東からも見学客が絶えないという。また東へ延びる道をたどれば京都市最北の集落・花脊の別所に出る。灰屋川のせせらぎを聴きつつ、しんしんとした空気に抱かれつつ、茅葺屋根から立ち昇る煙を見ていると、人の世の喧騒をしばし忘れ、清楚な心持にさせてくれる。
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